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安田隆さん 

この方の書籍を最初に目にしたのは5年以上も前で、
私の波動感覚が深まる以前、「ぬきたま」も出来ない頃のことでした。

「出来ない」という言い方は正確では無いかもしれませんが・・・・

私がPH会に入会したのはもう10年以上も前ですが、
その頃に何回かやってみても実感が無かったので、
「出来ない」と思い込んでいたところが大きかったです。

その後、Purple.Cさんがネット越しに他人の波動を視たりして
活躍するのを何度も拝見したり、
波動グッズ屋さんのHPから良い波動が出ているのを実感したり、

そういった経験を重ねるうちに「出来ない」という観念が外れて、
ある日、再チャレンジしたら「なんだ出来るじゃん」となった次第です^^

視る対象を「分かりやすいモノ」にすることも
キッカケとしては大事だと思います。

それは自転車に乗るコツを覚えることと
似ているかもしれません。

多少の試行錯誤は必要なことがあると思います。


さて、表題の安田隆さんですが、私が最初に手にした氏の著作は
『誰にでもできる「気」のコツのコツ』という本でした。

目次をパラパラと眺めて、自分の気の感覚をアップするのに良いかも、
という思いで購入したのですが、
当時は今ひとつ、心に響くものがなく、日々の忙しさも手伝って
何も実践することなく終わっていました。


それが今年の夏になって、パワー掲示板のグッズ系掲示板で
氏の話題を目にしまして、再び興味を持つことになりました。

「ぬきたま」で氏の状態を拝見すると、
50歳を越えて、美しいエネルギー体を維持しているのが感じられます。
だから私には氏がホンモノであると思われます。

今回オススメする所以ですね。

最近は『波動干渉と波動共鳴』という本を読みました。
心理学や催眠術にも似た、「安田メソッド」の理論的な部分を、
実例を交えて解説したような本です。

私には少々難しく感じましたが、未知のこと、得るところがありました。
自分で技術を応用したい場合には、買って損なしだと思います。

それ以外の本は「テクニック集」といった感じですね。
手軽に読めて、すぐに試せるところが面白いです。

テクニック集の方は何冊か出てますので、できれば書店で目次を見て、
自分に使えそうなのを選ぶと良いと思います。

例えば、足心呼吸という呼吸法が紹介されていたりします。
私はこれを西野流呼吸法の本で知りましたが、
実際にやってみると確かに元気度がアップするようになります。

『誰にでもできる「気」のコツのコツ』の「はじめに」という部分を読むと
氏は、気功、ヨガ、座禅、瞑想、呪術、神秘学、といった伝統的なものから
催眠、心理療法、といった科学的なもの、そしてEMDR、NLPといった
私には良く分からないものまでw幅広く研究しておられるようです。

そんな中から実践して編み出された「不幸対策」「特効薬」「幸せレシピ」
ですから、私ももういちど、日々の実践に組み込んで行きたいと改めて
思いました。



先日、波動仲間のOさんから面白い話を聞きました。
神職をしている友人から波動や「エネルギー」について
イロイロと、初歩的なことを質問されたそうです。

今はネットに情報が沢山ありますから、
チョット調べれば分かるようなことだと思うのですが、
逆に、情報が氾濫しすぎていて、本物は見つけにくいのかも
しれませんね。

そこに「縁」があれば必要な情報も手に入るのでしょう。

この記事を書いていて思ったのですが、
「不思議」の実践には、観念を外すということと同時に、
「縁」とか「導き」も大事ですね。

最初に「出来ない」と思っていたことが出来るようになったり、
過去に「重要ではない」と切り捨てていたことが大事に思えたり、

自分と必要なものを繋いでくれるのが
「縁」であり「導き」なのでしょう。

ソレを正しく得るためにはコツがあると思います。

他人に頼るのではなく、利用するのでもなく、縋(すが)るのでもなく、
自分でなんとかしよう、という気持ちを前提に、真摯に生きていれば、
必ず、用意されたり、守られたり、導きがあるように感じます。

私はそこに「父なる神」や「波動の法則」を見出したりしますが、
理屈抜きに、そういうものなんだと思っていても大丈夫だと思います。

富の偏在 

いま、世の中はお金に支配されていると思います。

だから前回、前々回と書いてきた「身を低くする」話は
お金の流れを見ることで、現実がどの程度か知ることができます。


「経済格差」という言葉で検索すると
格差を示す指標としてジニ係数というモノが出てきますが、
「日本のジニ係数は0.32です」とか言われても
いいんだか悪いんだか良く分からないですw

「富の偏在」という言葉で検索をかけたら
分かり易く参考になりそうな記事がありました。

個人金融資産の年代分布

円グラフを見るとイッパツで把握できますね。

年齢階層別の金融資産保有割合をグラフ化してみる


それによると、2007年度の個人金融資産を年代別にみると
ナント、50代以上の人が81%を占めているそうです。


2005年の人口ピラミッドと照らし合わせても
不自然なことだなぁ、と感じませんでしょうか?


私の知っているジーサン・バーサン達は、
それほどお金持ちには見えない人ばかりなので、
実際にはさらに偏った偏在をしていると思われます。


どうしてこんなことになるのだろう?と考えたときに思うのは、

欲深い人が多い、ということはもとより、
お金よりも大切なものを知らない人が多い、ということ。
身を低くすることの大切さを知らない人が多い、ということ。
こんな格差があることすら分かっていない人が多いのではないか、
ということ・・・・

そんなところでしょうか・・・・
学校じゃ教えてくれないことですね。


ところが、この「富の偏在」の反動がすでに若者達に現れているようです。
↓ちょっと情報源が偏っていますがw

モノがあふれる現代社会で、物欲がない消費者が増加中

若者がモノを買わない理由-「インターネット依存」、「低い上昇志向」

若者の“車離れ”加速…ネット世代は、自動車に対する価値観違う

結局、こういうところから「新しい価値観」が生まれてくる気がします。
そういう意味では「良き流れ」ですね。


私は働くことは嫌いではないですが、
できればもっと好きなことを生業にしたいし、
もっと自分の時間を持ちたいし、
良い波動を維持することすらままならない今の暮らしぶりは
なんとかならないものかなぁ、と思います。

まあその分、ときどき波動仲間と遊んだり、
名草の巨石群に通うことが出来たり、友人に助けてもらったり、
エネルギーグッズを自作できる環境が与えられていますので
「上手く守られている」のでしょう^^


「必要は発明の母」と言いますが、
日々の暮らしを改善するために、様々な「エネルギー」開発をすることが、
そのまま私の「道」になっている気がします。


このようなことは多分、皆さんにも当てはまることが
多いのではないかと思います。

いま、身の回りに起きていることが必然であると受け止めて、
そして、必要なものは必ず全て手に届くところにある、と
考えて「手さぐり」してみてください。

逆に言うと、いま手に入らないものは必要のないことです。
いま出来ないことは、出来なくても良いことです。
いつか忘れた頃に、手に入ったり、出来るかもしれません。

きっと先に進めると思います。
回り道のようでいて、それが最短距離です。
私は経験上、そう思っています。

誰でも人生前向きに生きることが出来ると思います。


オマケ
↓拾い物ですが面白かったので^^


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                / .  ゚
           , '    。  ・
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   |. i /l,ィ .!     ノ
.   !  }.r`'j7 !    _) 地球のみんな、オラにちょっとだけ現金を分けてくれ!
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    ヽシ_,-i {
     /`´~バ}
.   /   j !
    ∧ '"/`,イ
   ! ヽ'/l_  j
  / \,/ }\,!
  .ァ、ヽィ  <`-イ
.  |. `iT.   ヽ j
  \ll'    `'

身を低くする、ということ2 

台風が過ぎ去り、日差しも爽やかな今日この頃ですね。

前回に続き、堅苦しいお話で恐縮ですが(爆


「自分を他人よりも上に置く」という発想は、
古来、人間には他人を支配する欲というものがあり、
現代においても自由競争という社会のシステムがある限り、
普通に生きているうちに自然とそのようになってしまい、
なかなか転換は難しい話だと思います。

高学歴であったり、芸術やスポーツなど、才能に恵まれた人ほど
高収入が得られる職に就けるのが今の世の中です。

私は学習塾の講師をした経験から、
上は東大から、下はクロマティ高校にも入れないような生徒まで
人の能力には差があることを知っています。


私は不平等が悪いと言うつもりはありません。
私は生まれ変わりとか波動の法則を信じていますので、
それぞれが生まれた境遇には何らかの波動的な原因があるのだろうと
思っているからです。

善とか悪とかの価値判断を超えて、不平等は生まれていると思います。

かつてお世話になった神道家のF氏も
「この世は不平等であるからこそ真に平等なんだ」
と仰っていました。

自分の魂の波動が、自分に相応しい運命と共鳴し
引き寄せているのだと思っています。

また同様にして、競争そのものにも罪は無いと思っています。
それが娯楽としてあるならば純粋に楽しめば良いと思うし、
能力の優劣を測るというのは「現実」を把握するためには
必要だと思うからです。

ただ、この不平等が「欲しがる・奪う」波動を多く生み出しているならば
やはりそこは「問題あり」だと私は感じます。



私の視点から見ると、
この世的にはどんなにお金持ちでも、地位と名誉のある人であっても、
あるいはまた能力的に優れた人であっても、
波動的にはペケなことが多いです。

その、ペケな波動の代表格が「欲しがる・奪う」波動だと思います。

「欲しがる、奪う」波動を持つ人というのは、
近くにいるだけで他人のエネルギーを奪い、波動を傷つけています。

何も具体的な行動をしていなくても、
見えない世界ではソレは常日頃起こっています。
波動感覚のある人はソレだけでダメージを感じてしまいます。

自分はそこまで悪人ではない、と思っている方でも
多かれ少なかれこの傾向はあります。

というか、奪ったり、傷つけたりしている自覚が無い人が多い、
そんな気がしています。

驚くなかれ、プロのヒーラーであるとか、
スピリチュアルの世界で指導的立場にある人であっても
コレが分かっていないか、確信犯な方がおられるようです。


自由競争の社会においては「勝ち組」は少数のピラミッド型です。
つまり、人数比では「奪われる側」の方が圧倒的に多く、
奪われることのストレス、ダメージに加え、「欲しがる・奪う」波動も
出しています。

要するに「普通の人」は波動的には大概ヒドイ状態である
ということなんですね。

「優秀な人間、才能ある人間は人の上に立てる」
これを当たり前、もしくは仕方ないと思っている人は多いのでは
ないでしょうか?

そこまでは良いとしても、人の上に立つ人は
道を外れている、外れていく可能性が高いです。

「他人には厳しくて自分には甘い」
「自分だけは特別扱い」
「自分だけは正しいと思う」

皆さんの周りでも、そこかしこに見られる現象だと思います。

このような、自分を特別扱いして他人と区別するような発想は、
自らのエネルギー体の大きさ、
一般的には「人の器」と呼ばれるようなものを小さくし、
「父なる神」であるとか、神仏であるとか、
心理学で言う集合的無意識であるとか、
不思議パワーの源泉とも言える「大いなるチカラ」と自分とを
乖離させてしまうのではないでしょうか。


こういうのはナカナカ自分では気付けないものですが、
「ぬきたま」というエネルギー技術を使うと、
自分のことでも客観的に見えることが多いです。
そこは便利ですね。


このブログでは一貫した姿勢ではありますが、
最近の記事では特に、常識を疑問視したり観念を外すことを推奨しています。

人生に息詰まるような閉塞感や苦痛を感じる方には
是非この、不思議世界的、波動的な世界観・価値観を取り入れてみて
頂きたいです。


私は、このようなカルマ的な問題を克服するためには
浄化と「高い波動」が鍵になると思っています。

この二つは能力に関係なく、望めば誰にでも出来ることだと思います。
そこに救いがあると私は考えています。

ただし、即効性はありません(爆


参考記事

「普通」は正しいか?

身を低くする、ということ 

「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」

大辞泉という辞書には、

「実(みの)るほど頭(あたま)の下がる稲穂かな」

稲の穂は実が入ると重くなって垂れ下がってくる。学徳が深まると、
かえって他人に対し謙虚になることのたとえ。

と書かれております。
私はこの諺(ことわざ)が大好きです。



このブログに書いてきた通り、
私は、もともとは波動感覚などありませんでした。

それが、さまざまな実践を積み重ねるうちに、
遠隔で人の状態を視たり、ヒーリングしたり、
自作の波動グッズを作ることまで出来るようになりました。

「現実との一致」ということを数多く経験しては
不思議な能力の存在に「確信」を持ち、

波動仲間のPさんやOさんはじめ、お世話になった霊能者さんとか、
プロのグッズ屋さんとか、神道家のF氏とか、PH会の人たちとか、

自分よりも優れた能力者の存在にも、自分の、能力者の視点から見て
「確信」を持つことが出来ました。

そうやって考えていくと、その延長上に、もっとレベルの高い、
ヒマラヤ聖者であるとか、伝説的な仙人であるとか
そういった方達が実在していてもおかしくない理屈になります。

実際、私は高藤仙道の小周天を行うことで
波動感覚とエネルギーのコントロールの基本を覚えたので、
その行体系に記されている六神通とか不老不死というものは
やはりあるのだろうな、と思えるワケです。

でも現実には、ヒマラヤ聖者とか仙人の存在は公にはなっていません。

おそらくは存在しているハズなのに表には出てこない・・・・
その理由を考えたときに、ひとつの気付きがあると思います。

ハタ迷惑な人間に不老不死になってもらっては困る、
というのもあると思いますがw

普通の人だったらこう考えると思います。
「そんなに凄い人が居るならばテレビにも出て有名になっているハズだ」と。
ギネスを見ても、認定されている最高齢はせいぜい115歳くらいです。

まあ現代ではネットが発達してきて、
テレビなどのマスコミが信用出来ないモノであることは、
特に若い人の間では常識になりつつあると思います。

最近のニュースを見てもそれが分かります。
例えば、こんなのがありますね↓

首相、酔って羽目外す=「宇宙人だから」

麻生さんがバーで飲んでいたときには酷い叩かれようでしたが、
鳩山さんの記事は非常に好意的です。
ところが読者からのコメント欄が凄いことになっていますね。
鳩山さんを擁護する人は殆どいないです。

ヤフーニュースの記事で民主党関連のコメントを見ると、
民主党は叩かれまくっています。
民意がどこにあるのか良く分かります。

特に年配者に多いのだと思いますが、テレビや新聞しか見ない人たちは
「操られている」可能性が大でしょう。

「外国人地方参政権」「人権擁護法案」「東アジア共同体」・・・・
このような、日本を崩壊に導く危険極まりないことが
マスコミでは、特にテレビでは殆ど報道されないまま、
着々と進められています。

選挙前から、このような危惧の声はありましたが、
だんだんそれが現実味を帯びてきているようです・・・・



マスコミが信用できないという話は、ちょっと本題から逸れますが、
本当に神通自在、不老不死の存在がいるのならば、表に出て、
その方法論をもっと世間に喧伝してくれても良さそうなものです。

ところがそんな話は見当たりません。

その理由を考えたときに、
真に優れた人は、そのレベルが高いほど自己主張をしない、
表に出ない、

という法則性のようなものを私は感じています。


真に優れた人は、自分は優れていると顕示することをしません。
あれは正しい、それは間違い、と自分のモノサシを押し付けることも
しません。
他人を力ずくで支配下に置いたり、意のままに動かすこともしません。
決して目立つことはせず、教えるのではなく気付かせる・・・・

そのような理念の下地があるのではないかと感じています。


そう考えたときに、
身を低く、謙虚であるようにすることが、
自分を、より完全に、より自由にする近道であると
思うようになりました。

これを「身を低く、謙虚でなければならない」と、
力任せに自分を律してみても、難しいと思います。

我(が)の抵抗があると思います。

最初はカタチから入っても良いと思いますが、
自然とそのような境地になれた方が良いでしょう。

だから「ゆるやかな浄化」を時間をかけて行って
我を削っていくのが理想的だと思います。


最近、各方面から大きな地震の予測を聞いたりしています。

人々の悪想念が災害を招くようなことがあるとしたら、
何か「タイムリミット」があるような危機感を感じたりもしますが、
まあ慌てても仕様が無いです。

少なくとも「いつでも手放せる、心の余裕」を目指したいです。




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